2004年、ジョンは2人のパートナーと共に工房を設立した。自動化分野のセールスエンジニアとして、彼らは常に顧客にシーメンスから三菱電機へ、あるいはオムロンからシーメンスへと製品を切り替えるよう説得し、ビジネス取引の円滑化を図った。彼らが製造した自動化機械は、靴製造、家具製造、プラスチック容器製造、醸造など、さまざまな業界で活用され、顧客は世界中に広がっていた。
激しい競争に直面しながらも、彼らは生計を立てるためにたゆまぬ努力を続けた。
しかし、中国市場は特に独特で、顧客の選択は品質や価格よりも、人間関係やキックバックによって左右されることが多かった。彼らはこうした顧客への「サービス」に多くの時間を費やしたが、得られた利益はわずかだった。最善を尽くしたにもかかわらず、220ドルで購入した最初のPLCから得られた利益はわずか5ドルで、かろうじて生計を立てるのがやっとだった。
雨の降る夜、顧客から公然と侮辱を受けた。そこで彼らは、より高い利益を得るために有名ブランドの販売代理店と交渉することにした。しかし、返ってきた答えは落胆させるものだった。「いやいや、選択肢はないよ。最終消費者がブランドを選ぶのであって、君たちが選ぶわけではないから、君たちの利益はわずかだ。有名ブランドの工場は40%の利益、販売代理店は10%の利益を得ているが、君たちの利益はたったの2%だ!」
この事実に衝撃を受けた彼らは、大学の学位を持ち、エンジニアでもあったにもかかわらず、これまでの努力が無駄だったことに気づいた。彼らは人生を変え、より尊厳のある生活を求めて奮闘し始めた。1万ドルを出し合って、彼らは独自のPLC(プログラマブルロジックコントローラー)の製造に着手した。しかし、すぐに資金が不足していることに気づき、PLC製造に必要な資金を捻出するため、PLCのインストラクターやパートタイムの配達員など、さまざまな仕事を引き受けざるを得なくなった。

